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『MOX燃料の受け入れに抗議』 6月27日(木)午前6時20分高浜町音海地区防波堤横広場集合

皆さんご存知のことと思いますが、フランスを出航した、プルサーマル発電を目的としたMOX燃料が、もうすぐ高浜原発に運ばれてきます。そしてそれは今月の27日に到着すると想定されます。

●MOX燃料はウラン燃料だけを使ったときと比べて、原子炉で同じ事故が起きた場合の被害はずっと大きくなる可能性がある。
●使用済みMOX燃料の処理方法も決まっておらず、長期にその原発敷地に貯蔵される恐れがある。
●重大な原発事故が発生すれば放射能により山や大地や海は汚染され、生き物すべての命と健康を脅かし、子や孫、そのずっと先の未来にまでも影響を及ぼし続ける。

電気は十分に足りている、必要のないプルサーマル発電、原発に頼らない未来に向けて、「原子力発電に反対する福井県民会議」が呼びかけています。みんなで参加して抗議しよう!!

『MOX燃料の受け入れに抗議』
6月27日(木)午前6時20分から(MOX燃料は、前回同様に午前7時~8時の間に高浜原発に到着すると思われます。)
☆高浜町音海地区防波堤横広場集合(※高浜原発ゲート前から約4.6km先、突き当たりの小さな灯台が目印。駐車料金1000円前後かかります。)
〈抗議内容〉
●輸送、搬入時に防波堤付近から抗議行動を行い、その後高浜原発に申し入れ。
〈注意事項〉
●現地では駐車場スペースが限られているので、自家用車で来られる方はできるだけ乗り合わせでお願いします。
●MOX燃料の到着が想定日と違うことが事前に確認とれた場合には、改めて連絡させていただきます。

代表団体-原子力発電に反対する福井県民会議
賛同-原発に反対する福井および全国の一般市民一同

問い合わせ:090-7083-8921(若泉)
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2011年11月の福井新聞の連載より。福井県高浜町でのプルサーマルをめぐる攻防の歴史

高浜原発が全国初のプルサーマルの候補となった高浜町では99年9月、住民が「住民投票条例を実現する会」を結成し、実施の是非を問おうとした。既に町会はプルサーマル推進決議を採択し、町と県も5、6月にそれぞれ受け入れを表明していた。

会の運動に携わった渡辺孝町議(63)には忘れがたい記憶がある。98年7月、慎重派が主催した「プルサーマルを考える町民のつどい」には関西電力の下請け業者などが「動員され、3分の2が推進派で埋まった」状態になった。反対派の学識者の意見が聞こえないほど大声のヤジも飛んだという。十分な理解、議論がないまま計画が進む流れを止め、自分たちの手で決める必要があると痛感した。

署名活動の結果、有権者の約2割に当たる1984人分が集まった。加えて、プルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料の検査データねつ造も発覚した。だが、2000年1月の臨時町会で請求は否決された。審議は実質4時間程度。賛成は17人のうち渡辺氏ら4人だけだった。

請求否決の3カ月後に高浜町長選があり、児玉巧さん(64)は「プルサーマル実施は住民投票で決めるべきだ」として町議を辞職して出馬した。「発電所から仕事をもらうために動く議員がいれば問題だし、現にそうだった。議員が町民の代表になっているとは思えなかった」と動機を語る。

一方、現職として戦った今井理一前町長(79)は「日本のエネルギーをどう賄うのか。感情的に『原子力は怖い』というだけで判断されるのは困る」と住民投票に否定的な思いを抱いていた。

結局、児玉さんの得票は署名数の半分にも届かなかった。

「住民投票を行ってもプルサーマルを否定する結果にはならなかっただろう」という点で2人の見方は一致する。しかし児玉さんは「それでも住民投票をすべきだった」と今も考えている。

原発は差別の象徴。差別と怨念が招いた原発~福井県敦賀市・立石地区のレポート~

毎日、日本原電前でプラカードを持って一人で立ち続けたり、署名集めに奔走するなど、50年以上、地元・敦賀で反原発の運動を続けるОさんに取材をしました。

日本原電・敦賀原発一号機が建てられた立石地区というのは、江戸時代(いや、もっと古いかも…)からずっと差別され、苦しい、貧しい生活をしてきたところだそうです。
交通の便は非常に悪く、山肌にへばりつくように家を建てたりするような集落で、時化のときには波をかぶったりしたそうです。

そんな環境のところで生計をたてていくには、漁しかありませんでした。しかし立石地区の漁師たちは、漁をする権利はあっても、魚を運ぶ権利、売る権利はありませんでした。
ただ同然で仲介人、商人にとられてしまう。だから来る日も来る日も漁に出なければならなかった。
他浦の漁師が船を出さないような暴風のときでも船をだし、”怖いもの知らず”と恐れられていました。対岸の河野村では、子どものしつけをするとき、「そんなことをしてると立石にやってしまうぞ」と言って聞かせたそうです。

魚をとってもとっても、ただ同然でとられてしまう。仲介人、商人は街でいい値をつけて売る。仲介人、商人はいい服を着て、いいものを食べて、芝居を見て遊んで…。

立石地区に原発誘致の話が来たとき、何度も寄り合いを開いて、何度も話し合ったそうです。老人は反対したが、若者は賛成。当時、農業は女性の仕事でしたが、農業に適さない劣悪な環境のところにお嫁に来る人は、なかなかいなかったといいます。

貧困という犠牲の上に成り立つ社会、無意識に当たり前に行っている差別、そんなものが原発というものを招いてしまったのではないでしょうか。

立石の漁師さんがОさんに言ったそうです。「ただ同然で魚をとられてきたんだから、原発がたっても当然じゃないか」。

「原発は江戸時代からの怨念なんだ」とОさんはおっしゃいました。

(河合良信)
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