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原発は差別の象徴。差別と怨念が招いた原発~福井県敦賀市・立石地区のレポート~

毎日、日本原電前でプラカードを持って一人で立ち続けたり、署名集めに奔走するなど、50年以上、地元・敦賀で反原発の運動を続けるОさんに取材をしました。

日本原電・敦賀原発一号機が建てられた立石地区というのは、江戸時代(いや、もっと古いかも…)からずっと差別され、苦しい、貧しい生活をしてきたところだそうです。
交通の便は非常に悪く、山肌にへばりつくように家を建てたりするような集落で、時化のときには波をかぶったりしたそうです。

そんな環境のところで生計をたてていくには、漁しかありませんでした。しかし立石地区の漁師たちは、漁をする権利はあっても、魚を運ぶ権利、売る権利はありませんでした。
ただ同然で仲介人、商人にとられてしまう。だから来る日も来る日も漁に出なければならなかった。
他浦の漁師が船を出さないような暴風のときでも船をだし、”怖いもの知らず”と恐れられていました。対岸の河野村では、子どものしつけをするとき、「そんなことをしてると立石にやってしまうぞ」と言って聞かせたそうです。

魚をとってもとっても、ただ同然でとられてしまう。仲介人、商人は街でいい値をつけて売る。仲介人、商人はいい服を着て、いいものを食べて、芝居を見て遊んで…。

立石地区に原発誘致の話が来たとき、何度も寄り合いを開いて、何度も話し合ったそうです。老人は反対したが、若者は賛成。当時、農業は女性の仕事でしたが、農業に適さない劣悪な環境のところにお嫁に来る人は、なかなかいなかったといいます。

貧困という犠牲の上に成り立つ社会、無意識に当たり前に行っている差別、そんなものが原発というものを招いてしまったのではないでしょうか。

立石の漁師さんがОさんに言ったそうです。「ただ同然で魚をとられてきたんだから、原発がたっても当然じゃないか」。

「原発は江戸時代からの怨念なんだ」とОさんはおっしゃいました。

(河合良信)
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